序章

15、家庭の中にある相互作用のチャンス

 子供は障害の有無に関係なく、人との相互作用があってこそ成長できます。相互作用は新生児期より始まるので、新生児期より相互作用がとれる赤ちゃんは順調に育つ道すじをたどって成長できます。
 当施設では、相互作用の大切さを親に説明して、相互作用の視点から親と子の関係を見つめて改善すべきことは改善していただき、常に相互作用をとって子供と取り組んでいただくように指導します。
 親は、とかく自閉症の療育というと、何か特別な指導があるように思って専門的な指導を求めていますが、実は日々の家庭生活の中に指導のチャンスがたくさんころがっています。そのチャンスとは、親が家事をする時、親と一緒に作業をさせることです。すなわち、親の家事の一部を子供に手伝わせることです。
 親は常に子供に食事等のお世話をしたり、家事をしなければなりません。子供に家事の一部を手伝わせるということは、大変な手間と時間がかかりますが、子供にお手伝いという「ボール」を投げることができる利点があります。
 相互作用という点から見ると、親の指示を受け入れたり、親の仕事を模倣してお手伝いをするという行動は、施設の療育において指導者の指示を受け入れてリズム遊びや体操などをすることと同じです。内容が手伝い作業であるか、学習やダンスであるか、体操であるかの違いだけのことです。
 0才代より親と子の相互作用がとれた赤ちゃんは1才をすぎると、周りの人の行動に興味を持つようになり、人と同じことをしたいという気持ちが育っていきます。
 その興味は身近な存在であるパパやママに向けられ、パパやママがしていることに手を出すようになります。例えば母親が洗濯物をたたんでいると、シャツを手にとってママにさし出したり、掃除機をかけると一緒にやりたそうにノズルを持とうとして手を伸ばしてきたり、ママが食器洗いをしていると、流し台をのぞきこんで手を出したがります。
 子供は親に言われて食器洗いをするのではなく、自分の意思でやりたいからやるのです。食器洗いなどのママの家事仕事の一部の作業をやっている時の子供の姿を見ると、子供の嬉々とした表情からそのことがくみとれます。
 1才後半になると、ますます家族のしている行動を見て模倣するようになり、自然に家庭生活の仕様を学んでいきます。お手伝いをすることでますます相互作用のチャンスが増えます。
 ところが、自閉傾向の子供は1才をすぎて2〜3才になってもパパやママがしている行動に自ら手を出してくることはありません。
 そのうちに親との関わりを求めてくることを期待していても、年齢が進むにつれて自閉症の行動の特徴が顕著になるばかりです。親はそのうちにと期待して、「そのうち」を待ちますが、考え方を変えて、そのうちにと待つのではなく、お手伝い行動の場に子供を誘導して相互作用をとるチャンスをつくることです。
 母親は子供が取り組みやすい仕事の内容を教えて、子供に手伝わせるようにします。母親は毎日料理を作ったり、配膳をしたり、洗濯物をとりこんだり、部屋の掃除をしたり、おもちゃや絵本などを整理整頓したりと、実にバラエティーのある仕事をしています。
 子供の作業は稚拙ですので、親から見たらまかせられないものです。しかし、ここでは作業の出来具合の良し悪しが問題ではありません。
 お手伝い作業を通して子供との相互作用がとれることがポイントです。相互作用がより以上にとれるようにするには、子供がお手伝いをしたらほめることです。子供にとって、お手伝いをすることが習慣化すると、母親が台所に立つと、「ママお手伝いさせて」とばかりに、遊びをやめて母親のそばに来るようになります。子供にとってお手伝い作業は、大人にほめてもらえる遊びのひとつであり、相互作用のチャンスなのです。

16、お手伝い作業の利点と相互作用

 なぜ、お手伝い作業が相互作用のチャンスであるかについて、その利点を述べます。

「お手伝い作業の利点」
(1)家事は親がくりかえし行なうため、同じ行動を何回も見ることができます。
(2)子供の生活の場である家庭において取り組めるため、わざわざ出かけなくてすみます。
(3)子供が家事のお手伝いをすると、親がほめるため、ほめられてうれしい感情が育ちます。
(4)お手伝いは親が投げかける指示の「ボール」を受け取ることから始まります。その結果、子供に指示を受容するトレーニングができます。
(5)お手伝いは親が投げかけた言葉を聞いて行動をするため、言葉の発達に役立ちます。
 お手伝い作業は家にある様々な道具を見たり、扱ったりするため、子供がどんなにたくさんのおもちゃを持っていたとしても、品数の点でくらべ物になりません。親がその気になって子供にお手伝いをさせるならば、自然と生活用品の名称や数や色や大きさや重さや用途に関する言葉を使って話しかけるようになります。その結果、子供は遊びでは学べないたくさんの言葉を聞くことになり、言葉の学習ができます。
(6)手指の運動機能が向上します。
 子供はお手伝い作業を通して、手指に力を入れたり、手指を複雑に動かしたりします。例えば、調理のお手伝いでは、野菜を洗ったり、包丁で切ったり、はしでかきまぜたり、おたまですくったり、なべを持ったり、フライ返しでひっくりかえしたり、食材をなべに入れたりします。また、コップやお茶碗を手に持ったり、おぼんにのせて運んだりするため、おもちゃ遊びよりも慎重に手指を使って行動をしなければなりません。
 このようにおもちゃの遊びとは違った手指の動きが必要とされるため、手指の運動機能が向上して手先が器用になります。
(7)見立てた材料でごっこ遊びをします。
 子供はお手伝い作業の体験をもとにして、身近にあるものを見立ての材料に用いてごっこ遊びをするようになります。例えば、子供が段ボール箱の中に入って、丸めた新聞紙で箱の内側をゴシゴシこすっています。母親が「何しているの?」とたずねると、「おふろを洗っている。」と言います。子供は段ボール箱をふろおけに、丸めた新聞紙をスポンジタワシに見立てているのです。すなわち、おふろ洗いのお手伝いをしたことがごっこ遊びにつながったのです。
 こうしたごっこ遊びの発想は、お手伝い作業の体験なくしては出てこないのです。お手伝い作業の利点はいろいろありますが、その最たるものは、親に相互作用が子供とできたか否かがはっきりわかることです。
 つまり、親が「〜をしてください。」と指示をしても子供が指示に従わなかったり、指示とは違った行動に出れば、指示の「ボール」は受け取っていないことがわかります。
 子供が「ボール」を受け取らない場合は、子供が受け取りやすい「ボール」を投げる工夫と受け取らせるまで根気よく向き合いをすることが相互作用を育てるうえで大切です。


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