序章

20、相互作用の大切さと子供の変化

 大人と子供との間に相互作用がとれるようになると、自然に良い方向へと変わっていきます。
(1)相互作用の大切さの指導
 当施設では、通園時間は集団生活という利点を、家庭では家族という利点を生かして、施設と家庭が足並みをそろえた取り組みをします。取り組みにおいて最も重視していることは、どんな場面でも指導者と子供の間に、また、親と子供の間に相互作用を起こすことです。
 子供が「ボール」を受けとめようとしなければ、どんなに良い「ボール」を投げかけても、取り組みは空振りに終わります。どんな「ボール」をどのように投げるかが指導上大切です。
 当施設では指導者と子供との取り組みは、入園初日から相互作用をとることを意識して子供と真剣に向き合うため、家庭よりも早いうちに相互作用がとれるようになります。
 ところが、親と子の場合は数年間にわたって作り上げた親子関係を変えなければならないため、親も子も大変な努力を要します。
 しかし、この切り替えをしなくては相互作用が起こりません。親には入園初日より相互作用をとる対応の仕方を具体的に説明して理解を深めていただくようにしています。
 はじめは半信半疑で不安をかかえつつ努力されますが、取り組みの成果が子供に見えるようになると、相互作用の大切さを実感されます。
 また、子供の問題行動が当施設の指導によって改善されていく姿を見て、指導に信頼をもたれるようになり、より一層、家庭での相互作用のある取り組みに努力されるようになります。
(2)相互作用は子供を変える
 相互作用を重視した指導を当施設と家庭が取り組みはじめて、数ヵ月〜半年くらい経過すると、子供に目に見えた変化が出てきます。すなわち、親は我が子が先生と向き合って学習している姿が見られはじめると、家庭でも子供の様子が変わっていくことに気がつかれます。
 「今までは落ち着きがなく、食事中もイスに座っていることができなかったけれど、今では30分位はイスに着席して食べれるようになった。親の指示をきいてくれなくて困っていたけれど、今では指示に素直に従うようになり、教えやすくなった。以前よりも視線が合うようになった。子供らしい表情になった。親のそばから逃げなくなったので、買い物に連れていくことが苦痛でなくなった。夜中も起きることなく朝までぐっすり眠るようになった。」等々と話されます。
 上記のとおり、親と子供との間で相互作用ができるようになると、親にとって悩みだった行動が一つずつ解決していくので、親はますます子供の指導に熱心に取り組まれます。ところが、親は相互作用の成果を実感して、これから子供がよい方向へ成長すると希望を持つ頃に、期待とは裏腹に、一歩も二歩も後退していく姿が出てきます。
 親は「成果が出たと思っていたのに逆戻りをしていく。これ以上悪くなったらどうしよう。」と心配されます。
 当施設では、親がこうした不安な気持ちになられることを前もって予測しています。
 そこで、指導者は子供の様子を聞くなり、即、親に向かって「お母さん、赤ちゃん返りが始まって良かったですね。これからがスタートですよ。この姿をしっかりと受けとめてくださいね。そして、次のステップへと成長するようにがんばりましょう。」と励ましの声をかけます。
 当施設において入園当初より一貫して親に説明し続けていることは、「親と子の間に相互作用が出始めると、0才代の赤ちゃんのようなふるまいをしはじめますよ。」ということです。
 そのため、「この姿が赤ちゃん返りですよ。」との指導者の説明を聞いてホッとされます。当施設では、「赤ちゃん返り」を重視して療育の要にしています。

21、「赤ちゃん返り」について

 子供が「赤ちゃん返り」をすると、どんなふるまいをするかについて述べます。

赤ちゃんのようによつばいになって部屋中をはいまわったり、伝い歩きをしたり、赤ちゃんが使う言葉で「ウマウマ、アブブー」と言ったり、なん語が多くなったりします。
母親に抱きついてきて、顔をさわったり、オッパイをさわったりするようになります。
母親を後追いするようになり、トイレに入っても母親の側から離れなくなります。
わざわざ母親の顔をのぞきこんで目を合わせます。
手遊び歌「♪むすんでひらいて」「♪げんこつ山のたぬきさん」等を一緒にやることを楽しみます。また、手遊び歌を何回もやってほしいと要求してきます。
「♪一本橋コチョコチョ」をすると、笑いこけて、何回もやってほしいと手を出します。
「いないいないばあ」が楽しくて、自分でやったり、人にやってほしいと催促します。
ママの前で突然、「ぼく、赤ちゃん、歩けない。」と言って座りこみ、抱っこを求めます。
おんぶをおねだりしたり、子守歌を歌ってほしいと言います。
10 哺乳ビンを出しておくと、コップの牛乳を哺乳ビンに入れて飲みたがります。
11 自立していたはずなのにオシッコをもらして、オムツをあててと要求します。
12 自立していたはずの食事も、ママに食べさせてもらいたがります。
13 おやつを食べたい時、「お菓子ほしい。」と言わないで、泣いて駄々をこねます。
14 遊んでほしい時、「遊んで。」と言わないで、ニッコリ微笑みかけて遊びを求めてきます。
15 母親のひざの上で、アイコンタクトを交わしてなん語を言ったり、微笑んだりします。


22、「赤ちゃん返り」を感動して楽しむ親たち

 赤ちゃん返りの説明を聞いて納得した親達は、我が子の年令が4〜5才でも「赤ちゃん返り」をした我が子の姿を見ると、「我が子はこんなに可愛らしかったんだ。」と言って、赤ちゃんをいつくしむように、我が子が赤ちゃんのふるまいをする姿をいつくしみます。
 ケースによっては、子供が「オッパイが飲みたい。」と要求してきた時は、たとえ4〜5才であってもはずかしいと思わないで、何回もオッパイを吸わせてあげてください、と伝えます。
 さらに、とことん赤ちゃん返りにつきあうと同時に、子供を一日に何回も赤ちゃんに返してくださることが大切であることを申し伝えます。
 自閉傾向の子供は0才代に赤ちゃんが育つ道すじをしっかり踏まえないで月齢を重ねています。そのため、相互作用の取り組みをし始めると、子供自らが赤ちゃん時代に消化不良のまま通り過ぎた過程を、自ら赤ちゃん返りをして、0才代の発達過程を埋めていきます。
 この姿は、不思議な行動と言えば不思議な行動ですが、これがありのままの姿なのです。相互作用について言えば、赤ちゃん返りをしている時の子供は、とても素直で相互作用がとりやすいです。
 また、母親は我が子が赤ちゃん返りをした姿を見て感動するとともに、赤ちゃん時代の発達に問題があったことが理解できるようになると、よりいっそう赤ちゃん時代の育児のやり直しができることを喜ばれます。

23、赤ちゃん返りの体験談

【当施設に通園していた子供の母親の記録】
 子供の方から呼吸援助抱っこを求めて抱きついてくるようになった時、突然子供の方から「いないいないばあ」をしてきました。「いないいないばあ」は私がたびたび子供にしていましたが、子供があまり反応しないのでしばらくしていませんでした。
 ところが、初めて子供の方から「いないいないばあ」をしたので私はびっくりして子供を見つめてしまいました。子供は両目を手で隠して大きな声で「いないいない」を言い、「ばあ」と叫ぶ瞬間に目から手をはなしました。子供は満面の笑みをうかべていました。
 私は急いで「いないいないばあが上手ね。」とほめて、大声をあげて笑いこけてしまいました。子供はママの反応が楽しくてたまらないといった表情をして、再度声をあげて笑いながらくりかえし「いないいないばあ」をしました。
 年令は4才でも相互作用ができるようになると「赤ちゃん返り」をするようになることを入園当初聞いていましたが、我が子の赤ちゃん返りの姿に心底感動しました。

 指導者が改めて母親に赤ちゃんの時の様子をきくと、「私(ママ)がイナイイナイバアをすると、かすかに笑ったような記憶はあるが、こんなに楽しんでやれなかった。今は子供と笑いあって遊べるようになれてとてもうれしいです。」と話されました。
 親は一口に赤ちゃん返りと言われても、我が子が赤ちゃんのどの時期に返ったのか判断がつきません。そこで指導者が子供の行動が0才代のどんな発達段階のものであるかを説明します。例えば、4ヵ月頃のはしゃぎ反応が出た場合は、赤ちゃんのはしゃぎ反応に対する対応の仕方を詳細に説明します。親は説明を聞いて納得されて、子供のはしゃぎ反応にとことんつきあって、次のステップに早く成長できるように取り組み続けられます。
 また、「その抱っこのポーズは6ヵ月頃の人見知りですよ。」「それは8ヵ月頃のなん語ですね。」「9〜10ヵ月頃の手遊び歌が始まりましたね。」「その泣き声は欲求の泣きですよ。」などと0才代の赤ちゃんがたどる発達の段階を説明します。
 親は説明をきくと、改めて「赤ちゃん返り」が始まったことを容認されます。


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